教科書プロジェクト

教科書プロジェクトの概要

 我々が新しい Calculus 教科書作成科研費プロジェクトを立ち上げるに至った経緯は既に で詳しく説明しました通りです.要約しますと,まず我々工学系数学基礎教育研究会による大学数学基礎教育に関するアンケート調査の結果,例えば1変数の微分積分学にかける授業時間数は,特に国公立大では世界の標準に比べて平均1/4~1/2 程度しかなく,その教育内容・レベル共に不十分であることが判明しました.我が国において,微分積分に関する教科書は星の数ほど出版されているにも関わらず,その殆どがこの時間不足のカリキュラムに合わせたコンパクトミニマムな内容になっています.この為に,学生は受験勉強の後遺症もあって How to 型学習に陥り易い傾向にあり,本来大学で身に付けるべき数学的能力が未熟なまま専門課程に進学し,諸外国の大学卒業生との実力差が顕著になって来ていることはいろいろと報告されている通りです.アンケート調査の回答にも,ひとつの原因として「欧米のような Calculus 教科書の不在が問題」との指摘が複数指摘されていました.

 また,既に周知の通り,近年我が国の大学教育を「質保証」を軸に再構築する動きが進んでいます.その発端は文科省の中央教育審議会において,昨今の大学の大衆化と社会の国際化に対応するために,各分野の教育カリキュラムとモデルテキストの作成の必要性が答申されたことにあります.我々の教科書プロジェクトは数学分野における大学数学教育の質保証を確立する改革の一端を担うものであると言えます.

 我が国の場合は,大学入試において理系では数IIIが入試科目に含まれる大学が多く,その為に「微分積分はある程度身についている」という誤解が学生側のみならず教員側にすらあるのではないかと思われます.実際は,ある程度の微積分のパターン化された計算や問題が解けるということと,大学の理系の専門分野で微積分を使いこなせるレベルとはかなりの差があり,そのギャップを埋めるためには,まず大学における微分積分のフィロソフィーをしっかりと身に付け,様々な応用事例の現象と共に学習する必要があります.現行の我が国の教育課程ではこの両者とも軽視された結果,殆どの工学専門教員から「使い物にならない」との批判があることは「調査報告」で述べた通りです.アメリカでも,高校において数IIIにあたる微積分について,むしろ我が国の数IIIよりもしっかりした内容の教科書で学習しますが,それでも大学入学後 “Calculus” をきちんと時間をかけて学習し直します.日本の大半の数学関係者は数学専攻者向けの教育課程しか経験していないために,応用分野で必要な数学力,およびその為の教育がどのようなものかに関する共通認識が乏しいのではないかという気がします.現行のカリキュラムでは,「微分積分の最小限の抽象的な展開を一通り講ずる」のみの教育にならざるを得ず(現行の授業時間数ではこの目的にすら不十分であるが),これでは最近の大衆化された学生層対して上記の専門の学習や技術者に必要なレベルの数学基礎力+応用力を身に付けさせるには程遠いのが現状です.

 我々の教科書では,先ず高校から大学数学への橋渡しを丁寧に誘導します.大学での学習を始めるにあたって,高校で学習した事項も含めて大学数学の見地から基本概念を定義し直し,基礎概念の理解と演算を確実にすることが狙いです.これによってその後の抽象的な議論に対して自信をもって取り組むことが出来るようにします.展開部においては主要な証明を含めて「何故そうなるのか」をしっかりと説明して理解させ,大学におけるグローバルスタンダードな論理的思考力を身につけ,学生が各専門分野で自らの力で問題を解決していくのに必要な数学運用能力を養います.また,自然現象や社会現象等の豊富な応用例を学び,自分の関心のある専門分野との関連の中で学習することで数学の有用性を認識し,数学を学ぶ楽しさを味わう事が重要です.このような教科書は我が国にはなく,これを作成することが急務であるとの認識からこのプロジェクトを立ち上げました次第です.

 上記資料RR3 では教科書の執筆・編集方針や内容,受講者層のカテゴリー別の使用例,およびそれを使用した場合の数学教育カリキュラムについて説明しましたが,その後実際に教科書を執筆していく過程で多少の内容の変更等がありましたので,ここに改めて


 



を提示します.今後,このHPにおいて演習問題の解答や模擬QUIZ等,教科書の使用をサポートしていく予定です.現時点において,内容サンプルは第10章までの各章の最初の節のみに限定させて頂きますが,本研究会会員の先生方で教科書の採用をご検討頂くにあたり,さらに詳しい原稿を希望される方は,全原稿のコピーをお送りしますので下記までお問い合わせ下さい.

 新しい教科書は変形B5判,DTP組版カラー印刷,3分冊で各巻約300ページの予定です.また,価格は発行時点における教科書採用予定数によって決定されます.従いまして,学生の負担を軽くするためには,出来るだけ多くの大学で採用されることを願います.またそのことによって我が国の大学数学教育が改善に向かうことを願う次第です.宜しくご検討をお願いします.

 更に,国公私大共に推薦入学者の比率が今後増加していくことが予想され,大学入学時の学力診断(プレースメントテスト)でCalculusの学習のための基礎力が不足していると判断された学生(私大推薦入学者の約半数程度)のための基礎数学(Precalculus)コースのテキストを作成するプロジェクトを立ち上げ,これに対してもこの度科研費助成基金が採択されました.その内容に関しては以下の資料をご覧ください.





工学系数学基礎教育研究会
教科書編集委員会代表
藤本一郎