教科書プロジェクト

教科書プロジェクトの概要

 まず初めに,我々教科書編集委員会が約10年間の歳月をかけて作成してきました質保証改革のための「Calculus 標準教科書」が遂に完成し,この度2024年1月12日に刊行されましたことをご報告致します.

書名:Standard Calculus -スタンダード微分積分-
編著者:藤本一郎
共著者:後藤和雄、戸田晃一、松浦 勉、柳研二郎、編集協力:井上友喜、堤 康嘉
発行元:大学教育出版
ISBN: 978-4-86692-268-3
単行本:968ページ
判型:拡大B5版(25.7×19.2×3.9cm)、フルカラー印刷
定価:本体5400円+税

 尚,本教科書購入者は本書のサポートサイトにて,本文の電子テキスト,演習問題詳解へのフリーアクセスが可能です.ご購入は次の書店用POP またはWebサイト(Amazon, 楽天,Yahoo等)をご利用下さい.また,会員の皆様には会員ページにて献本のお知らせがあります.

 出版社による紹介文を以下に採録しておきます.

 “日本の大学数学教育を世界標準に高めるための教科書です.本書は日本の微分積分の教育における Analysis 化による Calculus 不在の数学教育を改善するために,微分積分学の理論的側面や応用面を解説し,学生の自学自習にも対応しています.「日本の大学数学教育はこれからこのように変わる」という指針を示す教材でもあります.
 各理系学生が大学入学時に購入すべき必携の書であるだけでなく,最初から「微分積分」を学び直す必要性を痛感している 2~4 年次の学生,また大学院生,技術者・研究者等のほぼすべての読者に向けて推奨する教科書です.本書は質保証改革の標準教科書として,工学系のみでなく,理学系,教育系等と広く採用を推奨いたします.
 内容は現象的背景から説き起こし,懇切丁寧な数学理論展開,豊富な応用例と演習問題,フルカラー印刷による色分け,多くの図・グラフ等読みやすい工夫がなされています.Appendix では Precalculus(基礎数学)の復習から,Analysis における高度な定理の証明まで,全てを all-in-one に含んだ self-contained な内容になっているので,全てのレベルの学生に使用可能です.
 尚,本書の購入者はサポートサイトにて本文の電子テキスト,演習問題詳解等にフリーアクセスが可能です.”

 我々が新しい Calculus 教科書作成科研費プロジェクトを立ち上げるに至った経緯は既に で詳しく説明しました通りです.要約しますと,まず我々工学系数学基礎教育研究会による大学数学基礎教育に関するアンケート調査の結果,例えば1変数の微分積分学にかける授業時間数は,特に国公立大では世界の標準に比べて平均1/4~1/2 程度しかなく,その教育内容・レベル共に不十分であることが判明しました.我が国において,微分積分に関する教科書は星の数ほど出版されているにも関わらず,その殆どがこの時間不足のカリキュラムに合わせたコンパクトミニマムな内容になっています.この為に,学生は受験勉強の後遺症もあって How to 型学習に陥り易い傾向にあり,本来大学で身に付けるべき数学的能力が未熟なまま専門課程に進学し,諸外国の大学卒業生との実力差が顕著になって来ていることはいろいろと報告されている通りです.アンケート調査の回答にも,ひとつの原因として「欧米のような Calculus 教科書の不在が問題」との指摘が複数指摘されていました.

 また,既に周知の通り,近年我が国の大学教育を「質保証」を軸に再構築する動きが進んでいます.その発端は文科省の中央教育審議会において,昨今の大学の大衆化と社会の国際化に対応するために,各分野の教育カリキュラムとモデルテキストの作成の必要性が答申されたことにあります.我々の教科書プロジェクトは数学分野における大学数学教育の質保証を確立する改革の一端を担うものであると言えます.

 我が国の場合は,大学入試において理系では数IIIが入試科目に含まれる大学が多く,その為に「微分積分はある程度身についている」という誤解が学生側のみならず教員側にすらあるのではないかと思われます.実際は,ある程度の微積分のパターン化された計算や問題が解けるということと,大学の理系の専門分野で微積分を使いこなせるレベルとはかなりの差があり,そのギャップを埋めるためには,まず大学における微分積分のフィロソフィーをしっかりと身に付け,様々な応用事例の現象と共に学習する必要があります.現行の我が国の教育課程ではこの両者とも軽視された結果,殆どの工学専門教員から「使い物にならない」との批判があることは「調査報告」で述べた通りです.アメリカでも,高校において数IIIにあたる微積分について,むしろ我が国の数IIIよりもしっかりした内容の教科書で学習しますが,それでも大学入学後 “Calculus” をきちんと時間をかけて学習し直します.日本の大半の数学関係者は数学専攻者向けの教育課程しか経験していないために,応用分野で必要な数学力,およびその為の教育がどのようなものかに関する共通認識が乏しいのではないかと思われます.現行のカリキュラムでは,「微分積分の最小限の抽象的な展開を一通り講ずる」のみの教育にならざるを得ず(現行の授業時間数ではこの目的にすら不十分であるが),これでは最近の大衆化された学生層対して上記の専門の学習や技術者に必要なレベルの数学基礎力+応用力を身に付けさせるには程遠いのが現状です.

 我々の教科書では,先ず高校から大学数学への橋渡しを丁寧に誘導します.大学での学習を始めるにあたって,高校で学習した事項も含めて大学数学の見地から基本概念を定義し直し,基礎概念の理解と演算を確実にすることが狙いです.これによってその後の抽象的な議論に対して自信をもって取り組むことが出来るようにします.展開部においては主要な証明を含めて「何故そうなるのか」をしっかりと説明して理解させ,大学におけるグローバルスタンダードな論理的思考力を身につけ,学生が各専門分野で自らの力で問題を解決していくのに必要な数学運用能力を養います.また,自然現象や社会現象等の豊富な応用例を学び,自分の関心のある専門分野との関連の中で学習することで数学の有用性を認識し,数学を学ぶ楽しさを味わう事が重要です.このような教科書は我が国にはなく,これを作成することが急務であるとの認識からこのプロジェクトを立ち上げました次第です.

 上記資料RR3 では教科書の執筆・編集方針や内容,受講者層のカテゴリー別の使用例,およびそれを使用した場合の数学教育カリキュラムについて説明しましたが,その後実際に教科書を執筆していく過程で多少の内容の変更等がありましたので,ここに改めて


 




を提示します.今後,本書の出版によって我が国の大学数学基礎教育の改革が加速することを願います。

 更に,国公私大共に推薦入学者の比率が今後増加していくことが予想され,大学入学時の学力診断(プレースメントテスト)でCalculusの学習のための基礎力が不足していると判断された学生(私大推薦入学者の約半数程度)のための基礎数学(Precalculus)コースのテキストを作成するプロジェクトを立ち上げ,これに対してもこの度科研費助成基金が採択されました.その内容に関しては以下の資料をご覧ください.



工学系数学基礎教育研究会
大学数学基礎教育質保証改革推進委員会代表
藤本一郎
E-mail: ifuji@tvk.ne.jp